おすそわけのある暮らし集う、つながる、新所 おすそわけのある暮らし集う、つながる、新所

新所の歴史
2.鷲津(女河八幡宮前の新所港)
鷲津と新所、浜名湖西岸のつながり
明治40年(1907年)8月、鷲津に浜名湖観光汽船の前身である浜名湖巡航汽船が誕生した。鷲津港を基地として気賀と三ケ日との二航路と気賀・舞坂間の定期航路を発足させ発動機船八隻を就航させた。
浜名湖巡航汽船は、湖岸の人々の足として、また、物資の輸送のかなめとして大きな活躍をした。気賀航路は一日四往復で、大崎・都築・佐久米・堀江・下気賀の各港を経て気賀へ、三ケ日航路は一日六往復で、新所・入出・大知波・横山・瀬戸・尾奈・鵺代・三ケ日の各所に寄港した。
以後の大正・昭和の初期にかけては、湖岸道路が未発達のこともあって、奥浜名湖地域の住民にとって通勤・通学・商業などに唯一の交通手段として、実に浜名湖になくてはならない交通機関であった。
新所にも汽船場が設けられており、浜名湖巡航船の最盛期には年間46万人の利用者があった。しかし、このように華々しい存在であった浜名湖巡航船も、昭和15年(1940年)6月の二俣線(現天竜浜名湖線)の開通によって、その主役の座を奪われた。
女河八幡宮前の新所港(汽船場)、現在は防波堤が造られ過去の面影は全くない
現在、舘山寺周辺で運行されている遊覧船