おすそわけのある暮らし集う、つながる、新所 おすそわけのある暮らし集う、つながる、新所

新所の歴史
6.埋立て農地(区民広場南側に建てられた「昭和新田」造成の記念碑)
昭和時代の農地造成
浜名湖を埋め立て、田地を造成し、食料を増産して農業の振興を図ろうという機運が高まりました。そして、新所区民320人余の熱望によって新所耕地整理組合を結成し、大正11年3月に浜名湖の一部の埋め立て許可申請をしました。同15年9月に許可を得て、昭和2年2月から新所区営として工事に着工しました。
造成工事は全てトロッコによって行われ、裏山の土を崩して埋め立てられました。全体を三期に分けて工事を進め、一区画が完成次第、出来上がった田地を入札で区民に分譲したのです。
旧新所小学校(現在の区民広場、幼稚園、むつみ荘)の敷地は、当時の埋め立て工事と同時に区民の手によって造成されたものです。
井戸を各所に掘り、地下水を汲み上げて農業用水として稲を栽培したのですが、塩水が出て稲ができないところもありました。しかし、数年でこの問題も解消し、立派に稲ができるようになりました。
昭和新田の完成に続いて、新所区営で草生地の埋め立て(前向き地区)が計画実施されました。これが、現在のスズキマリーナがある地域です。総面積は約10ヘクタール、内水田面積8.4ヘクタール、で地番は前向4494番地一本で表示され、各筆はそれぞれの枝番となっているのが特色です。
区民広場南側に建てられた「昭和新田」造成の記念碑