おすそわけのある暮らし集う、つながる、新所 おすそわけのある暮らし集う、つながる、新所

新所の歴史
8.半漁(新所側浜名湖湖畔八幡様南側から大杭棒)
新所の漁業
浜名湖畔に位置する新所は、古来から漁業をはじめとする浜名湖の恵みを享受して生活してきた。
浜名湖には、タイ、ボラ、ハゼ、エビ、カニ、ウナギなどをはじめ、いろいろな種類の魚がたくさんいて豊かな水揚げがあった。近年は、いわゆる魚類の他にアサリ、カキ、海苔等の養殖・栽培漁業も盛んになってきております。
藻場争いと大杭棒
新所村は、浜名湖畔に面し半農・半漁の村だったことから、浜名湖の幸に負うところが大きく、各種魚介類の他に農業をしていく上で最も貴重な資源として堆肥が必要であった。これを浜名湖に自生・繁茂する藻(もく)(あま藻)を採って利用していたため、藻採場をめぐっての紛争は数多く起こっていた。
天保2年に端を発した新所東方村と鷲津村との紛争は解決までに7年という長い歳月を費やし、最終的に決着を見たのは天保9年7月というまれに見る事件だった。このときに建てられた鷲津と新所との境杭は、大杭棒と呼ばれ、元径40センチメートルはあろうかと認められる一本の巨木が使用されており、昭和30年代ころまで残っていた。
新所側浜名湖湖畔八幡様南側から大杭棒のあった湖上を望む