おすそわけのある暮らし集う、つながる、新所 おすそわけのある暮らし集う、つながる、新所

新所の歴史
9.農業用水
豊川用水事業(戦後)
終戦後の食糧不足時代には、米麦など食料主体の農業が営まれてきましたが、その後は次第に商品的生産農業に方向転換された。
具体的には、園芸作物、果樹、畜産などが盛んになったのですが、耕作は道路、水利、区画などいずれも悪条件の中で営まれてきた。このような情勢の中で、愛知県では愛知用水事業計画が計画され、当時としては画期的な大事業として各方面から注目を集めた。また、豊川流域の洪積台地と渥美半島全域の農業用水を確保し、農業経営の合理化と食料増産を図るべく、豊川用水事業が昭和24年から進められた。
湖西用水土地改良区
一方、静岡県では、浜名湖西岸地域を開発するため、同地域六町村の上水道・工業用水を豊川用水事業から求める計画を立てていて、昭和28年6月、愛知県と豊川用水土地改良区に正式に申し入れを行った。天竜川から豊川用水に水を補給する必要があり、両県の間で頻繁に交渉が行われた結果、湖西地域も豊川用水事業計画の対象になった。
そして、昭和37年5月に「湖西用水土地改良区」が設立された。昭和41年8月に白須賀地区から工事に着手。新所地区は、第五工区として翌10月から着工。用水配管工事と並行して工事が進められ、昭和45年3月にやっと完成した。
用水管が完成し、始めて通水したところ、配管工事が極めて粗雑に行われていたため、各所でパンクや漏水が起こるというアクシデントもあった。土質の関係などもあって、用水管の故障はその後も極めて多く、35年以上経った今日でも大変悩まされているのが実情です。
新所工区
「龍ケ池」について
入出の内浦干拓と新所の間は、昭和40年代はじめに新所で行われた土地改良事業の県営圃場整備事業第五工区と呼ばれ広い農地が広がっているが、このほぼ中央に「龍ケ池」という新所唯一の池がある。
これまでも灌漑用のため池として利用されてきたが、圃場整備の後、浜名湖と大口川で結ばれ、流域の水田の灌漑に大いに役立っている。また、この「龍ケ池」は、「水と緑のプロジェクト」の活動として毎年6月中頃行われる「アジサイ祭」の散策コースの中で、「イチゴアイス」のサービスの拠点開設場所ともなっている。